岩手県平泉の世界遺産「中尊寺金色堂」。
その黄金のお堂が、実は「冬」にこそ最も美しく引き立つ、ということをご存じでしょうか。
私は岩手で庭師をしている者です。中尊寺は我が家から車で20分ほどの、いわばご近所さん。ところが、近すぎるとかえって足が向かないもので、長らく訪れていませんでした。
そんなある日、しんしんと雪が積もったのを見て、ふと「雪の中尊寺を一度この目で見てみたい」と思い立ち、慌てて車を飛ばして行ってきました。
そして、実際に歩いてみて確信しました。中尊寺は、夏の青々とした景色も良いですが、冬の雪化粧こそが、この場所の本当の美しさを引き出しているのだと。
なぜ私が「冬こそ中尊寺へ」と断言するのか。それは、庭師という仕事柄、ふつうの観光客が見落としてしまう「木々の手入れ」や「庭の配置」に目がいくからです。この記事では、そんなプロの視点も少し添えながら、雪の中尊寺を、まるで一緒に歩いているような気分で味わっていただきます。それでは、出発しましょう。
なぜ「冬の中尊寺」が美しいのか
最初に、この記事で一番お伝えしたい結論をお話しします。
冬の中尊寺が美しい理由は、雪が「余計なものを隠し、本当に大切なものだけを浮かび上がらせる」からです。
どういうことか、わかりやすく説明します。
夏の中尊寺は、緑が豊かで、たくさんの色であふれています。それはそれで美しいのですが、目に入る情報が多すぎて、視線があちこちに散ってしまいます。
ところが冬になり、あたり一面が雪で白く染まると、世界から色が消えます。木々の枝も、お堂の屋根も、地面も、すべてが白と黒の静かな世界に変わるのです。すると不思議なことに、金色堂の「黄金色」や、杉並木の「太い幹の力強さ」だけが、くっきりと際立って見えてくるのです。
これは、絵を描くときに白い紙の上だと絵の具の色がはっきり見えるのと同じ理屈です。雪という白いキャンバスがあるからこそ、本当に見せたいものが引き立つ。先人たちは、この雪国の景色を計算に入れて、木を植え、庭を整えてきました。その答え合わせをしに行くような気持ちで、私は歩いてきました。
いざ平泉へ!雪道のドライブ
それでは、車での道のりからご案内します。すでに「行った気分」を味わっていただくため、道中の景色からじっくりお届けします。
岩手県一関市(隣の市)から、国道4号線バイパスを北上していきます。
もう少ししたら、4号バイパスから旧街道へ左折するので、見逃さないようにしてくださいね。
目印はセブンイレブンです。その信号を左折します。
ここで一つ、おもしろい豆知識を。
このセブンイレブン、他のお店とは看板の色が違うのです。平泉は世界遺産の町。景観を守るために、お店の色も町の雰囲気に合わせて、落ち着いた茶色っぽい色に変えてあるのです。こうした細かな気配りが、町全体の美しさを作っています。注目してみてください。



春になると、この道路わきには桜が咲いてくれます。今は雪をかぶっていますが、季節ごとに表情を変えるのも、この道の楽しみです。



何やら青い標識が見えてきました。


「中尊寺(ちゅうそんじ)」の文字が。そろそろ到着です。

この信号を左折します。駐車場の空き状況が電光掲示板(画像左)に出ているので、確認しながら向かえて便利です。

いよいよ平泉中尊寺へ!月見坂の杉並木が冬の主役
さあ、中尊寺に到着しました。ここから拝観に向かいます。

こちらが中尊寺の入り口です。

ここから「月見坂(つきみざか)」と呼ばれる、長い長い上り坂が始まります。
正直にお伝えします。この坂、なかなかの急勾配で長さもあります。運動不足の方は息切れするかもしれません。心臓の弱い方や足の弱い方は、決して無理をなさらないでください。雪道は特に滑りやすいので、足元の準備はしっかりと。

樹齢300年超の杉並木が「雪の芸術」を生む
ここで、庭師の私が最も興奮したポイントをお話しさせてください。
この月見坂の両側には、見上げるほど大きな杉の巨木がずらりと並んでいます。これらは樹齢300年以上とも言われる、江戸時代に植えられた杉並木です。

なぜ、これが冬に素晴らしいのか。
杉という木は、まっすぐ天に向かって伸び、枝が上の方に集まる性質があります。その高い枝に雪が積もると、まるで白い綿帽子をかぶったように見えます。そして、太い幹は雪を寄せつけず、黒々とした力強い柱のように立ち並びます。
つまり、「上は白く、下は黒く」という美しいコントラスト(対比)が、坂道全体に何十本も続くのです。これは杉並木でなければ生まれない景色です。もしこれが葉を落とした雑木林だったら、こうはなりません。先人が「杉」を選んで植えたからこそ、雪の日にこの荘厳な並木道が完成するのです。
息を切らしながら登る坂ですが、この杉並木を見上げながら歩けば、その疲れも忘れてしまいます。

まだまだ坂は続きます。





もう少しで登りも終わりです。

登り切った先に現れる「弁慶堂」
坂を登り切ったその先にあるのは……

弁慶堂(べんけいどう)です。

源義経の忠臣として有名な、あの武蔵坊弁慶をまつるお堂です。雪をかぶった屋根が、なんとも風情があります。

由緒が書かれた看板もありました。



参道の途中にある見どころと冬の植物
弁慶堂を過ぎると、また少し登り坂が現れます。

上から見下ろすと、なかなかの勾配です。

それにしても、登りが長い。実はこの写真、だいぶ場面を飛ばしてお見せしています。それくらい歩きごたえのある参道なのです。

「御朱印所」という看板がありました。御朱印(ごしゅいん)とは、お参りした証(あかし)としていただける、お寺や神社のはんこと墨書きのことです。専用の帳面に集めていく方も多いですね。

「あまざけ」の文字が見えました。寒い冬に、温かい甘酒は最高のごちそうです。営業中のようなので、行ってみましょう。

雪で滑らないよう、慎重に階段を降ります。

ところが、残念。本日は終了の札が……。せっかくなので、まわりを少し見てみましょう。

雪をかぶった「イトヒバ」に注目
ここで、植物好きの私の目が止まりました。雪をこんもりとかぶった、この美しい木。おそらくイトヒバでしょう。

イトヒバは、葉が糸のように細く垂れ下がる、上品な木です。庭木としても人気があります。この葉の細やかさが、雪を受け止めると、まるで木全体が真っ白なレースをまとったように見えるのです。
杉の「力強い白」とはまた違う、イトヒバの「繊細な白」。同じ雪でも、木の種類によって、まったく違う美しさを見せてくれます。これも、冬に訪れた人だけが味わえる特別なごほうびです。



営業中のお店もありましたが、少し入りづらい雰囲気だったのと、先を急ぎたかったので、今回は見送りました。また次の機会に。

お品書きがありました。



中尊寺本堂へ到着!プロが唸る「松の雪吊り」
さあ、中尊寺の本堂に到着しました。


門をくぐると、何かが見えてきました。

これぞ冬の名物「松の雪吊り」
なんと、見事な松の雪吊り(ゆきづり)がお目見えしました。これこそ、私が冬の中尊寺で一番見てほしかったものの一つです。

雪吊りとは何か、わかりやすく説明します。
雪国では、湿った重い雪が枝に積もると、その重さで枝が折れてしまいます。特に松のような大切な庭木が折れては大変です。そこで、木のてっぺんから縄を放射状に張り、傘の骨のように枝を吊り上げて支えるのです。これが「雪吊り」です。
ここがプロとして声を大にして言いたいところなのですが、雪吊りは、ただ枝を守るための「実用品」ではありません。それ自体が、冬にしか見られない「芸術作品」なのです。
職人が一本一本、縄の角度や張り具合を計算して仕上げます。その縄が描く美しい円すい形(コーンの形)は、まるで木に光の傘をさしかけたよう。そこに雪が降れば、縄の一本一本にまで雪が乗り、息をのむ美しさになります。
夏に来ても、雪吊りは見られません。この手間ひまかけた職人技を拝めるのは、雪のシーズンだけ。これだけでも、冬に来る価値があると私は思います。

境内には外国人の観光客がとても多く、日本人より多いのではないかと思うほどでした。先ほども大きな団体が歩いていました。世界遺産・平泉の人気は、国境を越えているようです。




「松寿庵(しょうじゅあん)」という案内がありました。なんと、あの松下電器(現パナソニック)の創業者・松下幸之助氏が設置した茶室だそうです。意外な人物のゆかりに驚きました。



本堂ともお別れです。

道沿いには、まだまだ見どころが点在しています。




いよいよ、金色堂が見えてきました。


金色堂の前に少し寄り道「野外能楽殿」
金色堂へ……の前に、ちょっと寄り道させてください。金色堂の少し先にある「野外能楽殿(やがいのうがくでん)」へご案内します。






ここでは、実際に能(のう)が行われるそうです。能とは、日本に古くから伝わる、お面をつけて舞う伝統芸能です。雪に囲まれた静かな舞台で舞う能は、さぞ幻想的でしょう。


なんと、明治天皇も訪れたことがあるそうです。

こちらは「茅の輪くぐり(ちのわくぐり)」です。


茅の輪くぐりとは、カヤという草で作った大きな輪をくぐることで、体についた災いや病気を払い、健康を願う、昔ながらの行事です。輪をくぐるだけで気持ちがすっと清められるようで、ありがたいものです。

その先にはカフェもありました。歩き疲れたら、ひと休みできます。


さて、来た道を戻り、いよいよ金色堂へ向かいます。

中尊寺金色堂へ。雪が黄金を引き立てる
いよいよ、この旅の主役、金色堂が見えてきました。



金色堂は、今からおよそ900年前、奥州藤原氏によって建てられた、全体が金箔(きんぱく)で覆われた、まばゆいばかりのお堂です。建物そのものが国宝に指定されている、日本を代表する宝物です。
ここで、冒頭の結論をもう一度思い出してください。雪が「本当に大切なものだけを浮かび上がらせる」というお話です。
金色堂は、現在は保護のため、大きな建物(覆堂)の中に納められています。その金色堂を見に行く道のりや周辺が、雪で白一色に染まることで、そこにある「黄金」という色の尊さが、いっそう心に深く響くのです。白と金。この組み合わせほど、清らかで気高いものはありません。
なお、金色堂の中は撮影禁止です。ですから、この目で焼きつけてくるしかありません。逆に言えば、写真では絶対に伝わらない本物の輝きが、そこにあるということです。ぜひご自身の目で確かめてください。
中尊寺の境内に入ること自体は無料ですが、金色堂を拝観するには料金がかかります。大人800円、高校生500円、中学生300円、小学生200円です。

入り口周辺の隠れた見どころ
金色堂を堪能したあとは、入り口近くにある見どころもご紹介します。意外と見逃しがちなスポットです。
武蔵坊弁慶の墓
中尊寺の入り口近くには、「武蔵坊弁慶の墓」があります。先ほどの弁慶堂とあわせて訪れたい場所です。


弁慶は、主君である源義経に最後まで忠義を尽くした武将です。立ったまま亡くなったという「弁慶の立ち往生」の伝説でも知られています。



赤堂稲荷大明神からの絶景
弁慶の墓から北へ、道路沿いを歩いていくと、赤い鳥居が見えてきます。


「赤堂稲荷大明神(あかどういなりだいみょうじん)」と書かれています。

雪の積もった鳥居をくぐって、登ってみましょう。白い雪と朱色の鳥居のコントラストが、とても鮮やかです。先ほどの「雪が色を引き立てる」という話は、ここでも当てはまります。









上から眺めると、こんな景色が広がります。


正面に見えるのは、平泉の夏の風物詩「大文字焼き」が行われる対山(たいざん)です。山の斜面に「大」の文字が浮かび上がる、夏の幻想的な行事です。

この高台からは、かの有名な松尾芭蕉が「夏草や 兵(つわもの)どもが 夢のあと」と詠んだ、奥州藤原氏の栄華の地を見渡すことができます。かつて栄えた都の跡を、雪が静かに覆っている。その光景は、なんとも言えない深い味わいがあります。

中尊寺のお土産とアクセス情報
お土産屋さんとお食事処は、中尊寺の入り口付近にあります。たくさん歩いたあとの楽しみですね。

こちらは、中尊寺名物の「黄金の豚と猫」のお土産です。金色堂にちなんだ、かわいらしい一品です。

冬に訪れる際の3つのアドバイス
最後に、庭師として、そして地元の人間として、冬に訪れる方へのアドバイスをお伝えします。
一つ目は、滑らない靴で行くこと。
月見坂は長い上り坂で、雪が踏み固められて滑りやすくなっています。冬用のブーツや、靴底に滑り止めをつけて行くと安心です。
二つ目は、時間に余裕を持つこと。
参道は思った以上に長く、見どころもたくさんあります。雪道は歩くのに時間がかかるので、ゆっくり2時間ほど見ておくとよいでしょう。
三つ目は、雪が降った翌日の晴れた朝を狙うこと。
これがプロからの一番のおすすめです。降ったばかりの新雪が枝に残り、青空とのコントラストが最高に美しくなります。杉並木も、雪吊りも、この条件のときが一番輝きます。
平泉の見どころは、中尊寺だけではありません。毛越寺(もうつうじ)など、ほかにも素晴らしい場所がたくさんあります。ぜひ計画を立てて、冬の平泉を満喫してください。雪化粧した世界遺産は、あなたが想像する何倍も美しいはずです。
- 平泉中尊寺の情報
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■住所:岩手県西磐井郡平泉町平泉衣関202
■アクセス:JR東北本線平泉駅から岩手県交通イオン前沢行きバスで4分、中尊寺前下車、徒歩10分
■営業期間:通年
■営業時間:8:30~17:00(閉門)、11月上旬~翌2月は~16:30(閉門)、12月31日は~15:00(閉門)
■休業日:無休
■料金:入場料=無料/金色堂・讃衡堂の拝観料=大人800円、高校生500円、中学生300円、小学生200円/障がい者手帳提示で拝観料半額
■カード利用:利用不可
■駐車台数:483台
■駐車料金:有料
■電話:0191-46-2211